グリーンランド北部を極夜の中、犬と橇を引いて旅をする冒険譚である。
旅をしていると色々なハプニングに見舞われる。氷床を歩いていると凄まじいブリザードに襲われたり、食料が尽きかけて獲物をライフルで仕留めようと歩き出したはいいものの、獲物に遭遇しなかったり、白熊に荒らされた食料を、デポしておいた場所をよく探してみると、ドッグフードが見つかったり、偶然、近くを歩いていた狼をライフルで仕留めて、狼肉を入手することで九死に一生を得たりと、物語は色々な展開で読者を楽しませてくれる。
最後に著者が見た極夜の壮絶なまでに美しい風景の描写を紹介しておく。
「峠から少し下ると、足元に荘厳な光景が開けた。雪で塗りつぶされた広大な湿地帯の谷間が、闇夜の中、天空から照射される月の薄光により遠くまで発光して浮かびあがっていた。雪原はどこまでも奥につづき、闇の向こうで朧気に消えている。それは壮絶なまでに美しい、あまりに美しすぎる光景だった。幻想的かつ眩惑的な世界に私はしばし見とれた。あきらかに地球上の風景のレベルを超えており、地球以外の惑星ですと言われても、ええそうですかと、とくに疑問もなく受け入れられる展望が広がっている。
地球というよりはむしろ木星、あるいは木星の衛星ガニメデとか、ケンタウルス座α星とか、SF映画によく出てくるような太陽から離れすぎて全球凍結した天体とかのほうがしっくりくる光景だった。闇の中に月光で朧気にうかぶ雪と氷の風景は、今自分は地球という枠組みを離れて宇宙の一角にいるという私の感覚をさらに強めた。このような光景をロバート・ピアリーや、『お前たちは月から来たのか、太陽から来たのか』と訊ねた十九世紀のイヌイットも見ていたのだろうか。この景色を見たとき、私は、私たちが知っている地球の裏側にあるもう一つの地球、太陽が常に存在する私たちの住むシステムの外側に人知れず存在してきた地球の別位相に入りこんだのを感じた。すなわち極夜の内院である。」
読者には美しくも厳しい極夜の旅を是非、本書をとおして堪能してもらいたい。
文春文庫 800円+税
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