2023年5月30日(火) 村上春樹著 『街とその不確かな壁』を読む


 この本は村上春樹による恋愛と喪失と死と再生の物語だと言えます。初めの章で恋愛中の17歳の主人公のぼくと16歳の少女は高い壁に囲まれたその街について語り合いますが、その後、少女は突然姿を消してしまいます。

それから23年後、主人公のぼくは40歳である独身の私として登場、出版取次会社に勤めています。45歳の誕生日を迎えた私は、ある日突然地面に掘られた穴にすとんと落下してしまいます。穴に落ち意識を失った私は意識を回復した時、高い壁に囲まれたその街に移動してしまっていたのです。

その街とは言わばこの世の場所ではない空想上の街です。その街は高い壁に囲まれていて、街に住む人々は影を持っておらず、時計が存在しないので時間というものは意味を持っていない。街にある唯一の門では屈強な門衛が門番をしており、単角獣がうろついていて、外の世界へ通じる溜まりの存在する街の南は険しい地形となっている。

その街で45歳の私は<夢読み>として消えた少女と再会を果たします。少女は街の図書館で司書として働いており、<夢読み>の私を助けてくれます。しかし、少女は17歳の頃から成長して大人となった私のことを覚えていません。少女は私のことを覚えていませんが、私は少女にまだ17歳の頃の恋心を抱いています。

しかし、この空想上の街で私は影と決別することで、現実の世界に戻ってしまいます。現実の世界に戻った私は出版取次会社を辞めて、東北、福島のとある片田舎の町の図書館で館長として働くことになりましたが、主人公の私はその図書館で不思議な体験をします。

以前、その図書館の館長だった子易辰也氏は幽霊となって主人公の私の前に現れる。幽霊の子易さんは主人公に色々なアドバイスをします。

子易さんはその街についてこうアドバイスをしました。「あなたはおそらくはご自分の意思でその不思議な街にお入りになり、そしてまたご自分の意思でこちら側に戻ってこられた。あなたを弾き返したそのバネは、あなた自身の内側にある特殊な力でしょう。あなたの心の底にある強い意思が、その大いなる往き来を可能にしたのです。ご自身の論理や理性を超えた領域で」

それから、図書館では本ばかり読む緑色のビートルズの「イエロー・サブマリン」のヨットパーカを着た不思議な少年も登場します。彼は本ばかり読み、誕生日を訊く以外は一言もしゃべりません。その不思議な少年はある日突然、その街に行かなくてはならない というメモを残して姿を消してしまいました。少年は主人公の夢の中で、古びて色褪せた木製の人形となって主人公の右の耳たぶに噛みつきまが、それは、少年は主人公の私に何らかのメッセージを伝えようとしたから耳たぶに噛みついたのです。

最終章でその街に行った「イエロー・サブマリン」の少年は主人公の私が高い壁に囲まれた街から脱出するのを助けてくれました。

その少年の主人公の私へのアドバイスはこうです。「この部屋のこの短いロウソクが消える前にそう心に望み、そのまま一息で炎を吹き消せばいいのです。力強いひと吹きで。そうすれば次の瞬間、あなたはもう外の世界に移っています。簡単なことです。あなたの心は空を飛ぶ鳥と同じです。高い壁もあなたの心の羽ばたきを妨げることはできません。前のときのように、わざわざあの溜まりまで行って、そこに身を投じるような必要もありません。そしてあなたの分身が、そのあなたの勇気ある落下を、外の世界でしっかり受け止めてくれることを、心の底から信じればいいのです」

主人公の私はその街の少女に「さよなら」と別れを告げ、ロウソクの炎を吹き消して現実の世界に戻っていったのです。

長大な物語ですが、パラレルワールドの視点から空想豊かに描かれた文章が面白くて読み応えのある本なので、皆さまにもオススメします。

新潮社 2700円+税

KAZUMAの読書日記

冒険、スリラー、ジョギング、エッセーなどなど、気の向くまま、多ジャンルの読書を続けてきましたが、オススメできそうな本を備忘録風にご紹介いたします。

0コメント

  • 1000 / 1000